2022年5月 Vol.246

2022年05月10日

 気温も上昇し、新緑が美しいシーズンとなりました。今年は3年ぶりに制限の無い中でのゴールデンウィークを迎え、解放感ある休日を満喫された方も多かったのではないでしょうか。

 

 さて、先月19日、最高裁第三小法廷は、ある遺族からの請求を棄却する興味深い判決を言い渡しました。それは相続税をめぐるもので、このコラムにおいては2年ほど前に本件の東京地裁での判決を取り上げています。当時から不動産、建設、金融、税理士など関連の深い業界ではインパクトの大きいニュースでしたが、今回は正にその結論ということになります。問題となったのは、ある資産家(故人)が東京と川崎に2棟の賃貸マンションを購入する目的で当時銀行から10億5500万円の資金を借り入れ、子や孫が遺産相続したという事案です。

 

 納税者である遺族(原告)が相続時の路線価による評価方法(3億3370万円)で相続税の申告をしたところ、評価方法が著しく不適当と否認され、税務署は相続税の更生処分と過少申告加算税の決定処分により3億3千万円の追徴課税を行い、その取り消しをめぐり争われてきました。今回、その取り消しを求めてきた遺族側の敗訴が確定し、各紙の紙面には「伝家の宝刀国の勝訴確定」の文字が踊りました。伝家の宝刀とは、財産評価基本通達第一章総則6項「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価格は国税庁長官の指示を受けて評価する」を指すもので、適用は正にレアケースと言えます。

 

 相続時における不動産評価は「時価評価」が原則とされていますが、時価自体が明確ではなく、実務上は財産評価基本通達により土地は国税庁が公表する路線価、建物は市区町村が決定した固定資産評価が用いられることが一般的です。不動産鑑定評価による算定は、納税者の租税負担の公平を著しく害することなどの特別な事情を加味した救済措置であり、納税者が任意で選択できるものです。今回のケースでは原則的に用いられている路線価による評価が否認され、関係当局が提出した不動産鑑定評価が支持されたことになります。問題は路線価と鑑定評価の極端な乖離にあり、「行き過ぎた節税」対「あいまいな適用基準」の争いが繰り広げられてきました。

 

 原告である遺族側は「財産評価基本通達に沿って評価したにもかかわらず、狙い撃ち的に特定の相続財産の評価を取得価格に近似した鑑定評価こそが平等原則に反する」と主張しました。

 

 考察すべき点は①被相続人が高齢で、亡くなる2~3年前の短期間にマンションを2棟購入している。②購入代金はほとんどが借入金によるものである。③購入価格に対し路線価による評価は実に4分の1もの乖離がある。④これに対し不動産鑑定評価は購入価格に近く、路線価のような乖離は見られなかった。⑤マイナス資産の発生により結果として相続税は0円での申告であったこと。加えて、同時期に親族を養子縁組にしていたことや、相続申告前に相続人が当該不動産を売却している点などが挙げられます。当局からは、証拠書類として借り入れを行った際に「相続対策」と明記された金融機関の稟議書が提出されており、当該不動産投資により近い将来発生するであろう租税負担の軽減を意図したことが指摘されています。

 

 最高裁判所の判断は、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由が認められるから当該財産の価格を評価通達の定める方法により評価した価格を上回る価格によるものとすることが平等原則に違反するものではないと解するのが相当」と結論付けています。

 

 最高裁判決を受け、「許容される税対策」と「行き過ぎた税対策」の線引きがどこにあるかという点において、実務上一層慎重な検討が必要かと思います。租税負担の軽減については多くの人が関心を寄せるものであり、我々業界も営業戦略上、時価と評価の乖離について資産圧縮効果をアピールすることも少なくありません。今回、偶然にも当社の顧問税理士も本件をコラムに投稿されておりました。先生の言葉を引用すると「事業継承についての事業計画などのストーリー性が大事だったのでは」との持論を述べられております。私も同感です。そして、その先の奥深い部分を俯瞰すると、子々孫々と継承する我が国の相続に対する考え方に対し、格差の固定化、富の再分配、税負担のあり方など社会構造の変化がもたらした矛盾があるように思えてならないのです。