2020年2月 vol.219

2020年02月10日

 この冬は全国的な暖冬で、立春を迎え正に暦通り春を感じさせる陽気となっております。日常の生活においては歓迎できますが、スキー場や冬物商戦、更には春以降の水不足など、視点を変えれば影響が深刻なところも少なくありません。加えて、新型コロナウィルスによる事態が深刻化し、その影響は今や世界に拡散しようとしております。十数年前に世界に深刻な影響をもたらしたSARSの時には日本国内での発症例は確認されず大きな混乱もなかったと記憶しておりますが、当時、海外通のお客様とは、今後我が国が観光立国を目指すリスクとして、海の向こうの出来事に常に翻弄される危険性を指摘し議論したことが思い出されます。当時は、今ほどインバウンドが盛んではありませんでしたが、今やインバウンドが経済の一部とも言える我が国にとって今回の事態による経済的損失は少なくなさそうです。

 

 さて、年末年始の慌ただしさもありましたが、昨年11月に気になる新聞記事を発見しました。それは相続の評価についての判例です。昨年8月の東京地裁の判決は、納税者(原告)が相続時の路線価による評価方法で相続税の申告をしたところ、評価方法が著しく不適当と否認され、相続税の更生処分と過少申告加算税の決定処分を受け、その取り消しを求め否認されたという衝撃的な内容でした。相続時における不動産評価は「時価評価」が原則とされておりますが、時価自体が明確ではなく、実務上は財産評価基本通達により土地は国税庁が公表する路線価、建物は市区町村が決定した固定資産評価が用いられることが一般的です。不動産鑑定評価による算定は、納税者の租税負担の公平を著しく害することなどの特別な事情を加味した救済措置であり、納税者が任意で選択できるものです。今回のケースでは原則的に用いられている路線価による評価が否認され、関係当局が提出した不動産鑑定評価が支持されたことになります。問題は、路線価と鑑定評価の極端な乖離にあり、今回の判断は今後の相続対策の考え方に少なからず影響をもたらすものと言えるでしょう。

 それでは、その内容について検証してみたいと思います。今回のケースでは端的に①被相続人が高齢で、亡くなる2~3年前の短期間にマンション・アパートを2棟購入している。②購入代金はほとんどが借入金によるものである。③購入価格に対し路線価による評価は実に4分の1もの乖離がある。④これに対し不動産鑑定評価は購入価格に近く、路線価のような乖離は見られなかった。⑤マイナス資産の発生により結果として相続税は0円での申告であった。以上のようなことが挙げられます。

 

 今回、市場価格との乖離についての妥当性や客観的な数値は示されておりませんが、通常路線価は実勢価格の8割程度に設定されております。しかし、特に好景気の時には、高騰する市場価格に路線価が追いつかず、路線価と実勢価格の乖離は避けることが困難な部分もあります。また、以前も取り上げましたが、路線価の評価自体に疑問符を付けざる負えない地点も少なくありません。ただここでは、被相続人の年齢が高齢であり、同じ時期に親族を養子縁組にしたこととからも相続税負担軽減の目的で当該不動産投資をしたと結論付けています。実際に証拠書類として金融機関から借り入れをする際の稟議書が提出されており、本件不動産投資による節税効果を目的としたことも明らかとされました。

 

 争点は、節税か租税回避かという点なのでしょうが、税務当局が前述の「納税者の租税負担の公平を著しく害する事情」を逆手に取った結果の判決とも言えそうです。今回の判決を客観的に見て、どこまでが節税で許容範囲かを判断することは困難ですが、制度と実務の抜け穴に一石を投じたものであることは間違いありません。一方、本事案は駆け込み的な要素が強く、購入資金のほとんどが借入によるもので、購入金額と評価額に生じた約10憶円の乖離による事実上の負債は作為的なマイナス資産の創出であり、他の資産の相続税にも影響するほど極端な節税効果が得られたことを問題視した結果とも言えます。何事も過度な対策は禁物ということですね。