2014年2月 vol.148

2014年02月10日

 2月です。立春を過ぎたとはいえ、仙台は乾燥した寒気が入り込み、体感的には一年で一番寒い時期かもしれません。そんな中でも、木々はしっかりとつぼみを膨らませ春の準備を始めています。雪解けまでもう少し。(矢先に8日記録的な大雪となってしまいました)皆様風邪などひかぬよう乗り切りましょう。


 さて、間もなく東日本大震災から3年をむかえようとしています。前政権時には、無責任にも「原発事故終息宣言」がなされました。現政権下においても、首相が五輪招致の際に「福島はコントロール下にある」と全世界にアピールした姿は記憶に新しいことです。ところが、現実はどうでしょうか?福島第一原発では、次から次へと問題が発生し誰も何も予見不能の事態に陥っています。こうした中、急にエネルギー問題がクローズアップされ始めました。端を発したのは、元首相の「原発ゼロで日本は成長できる」との発言でした。確かに原発ゼロは理想形かもしれませんが、日本の国土の特性を考えると簡単に答えを導きだすのは不可能です。 
 

 元首相が引き合いに出したのが、フィンランドのオルキルオト島に浮かぶ通称「オンカロ島」です。ここは、核のゴミを地下400メートルに埋めて処理をする最終処分場です。フィンランド国内で稼働する二基の原発の使用済み燃料を100年間廃棄し、何重ものバリアで遮蔽しながら10万年もの長きにわたり無害になるのをひたすら待つための施設です。この周辺は、過去十数億年もの間地殻変動の形跡が確認されておらず、最も安全な場所とされています。もちろん、今後地殻変動や、戦争、テロ等が起こらないとの保証はどこにもありません。何よりもその間人類が存在しているかすらもわかりません。または、人間以外の生物が地球を支配している可能性もあり得るのです。その未来に対し、言葉や文字以外にもあらゆる方法で危険を知らせるメッセージを残す必要があります。仮に人類が存在していたとします。長い年月を経て幾つもの文明の栄枯盛衰が繰り返されるうちに、オンカロが神話化されていることも考えられます。もしかしたら、未来の冒険家たちが黄金の財宝を求めオンカロを目指すこともあるでしょう。それはパンドラの箱になりかねないと私は思います。もちろん、それ以前に人工的なその施設に10万年の耐久性があるのかさえ分かりません。しかしながら、オンカロは人類において最初に出された使用済み核燃料を処理する手段の一つであることに違いはありません。補足すると、歴史的な第一歩を踏み出したフィンランドでさえ、オンカロは試験段階であり、実用は数年先であること。更には、先に述べた二基以外の原発については未だ処理方法が未解決のままなのだそうです。
 

 日本では、10年以上も前に最終処分場に関する法律が施行されたにもかかわらず、中間貯蔵施設や最終処分場に関し、具体的には何も決まっていません。恐らく、福島の問題が無ければその必要性も先送りされていたことでしょう。専門家からは、我が国の国土を核のゴミで一杯にするのに何億年も要するなんていう乱暴な意見もあったくらいです。しかし、国土の狭い我が国において原発の稼働を続けることは、核のゴミで危険地帯を増やしているに等しいと言って間違いではないでしょう。地震国日本において安全な保管場所を確保するのは難しく、国外へ持ち出すにも数々の問題が考えられます。仮に実現したとしても他国に対し大きな借りを作る結果になりかねませんし、全世界が必ず行き詰ります。
 

 一説によると、原発が停止していることで年間3.6兆円ものコストが海外に流出しているそうです。何だかピンときませんが、本当だとすれば一日換算で100億円もの大金です。原発を巡っては、安全性の担保や経済コストのことばかりが先行しがちです。しかし、核のゴミをどう処理するか、ここから逆算し今何をすべきなのか、この議論を置き去りにしたまま綺麗ごとだけで方向性を決めるべきではありません。その答えは次世代への先送りではなく、現代において道筋だけは示す責務があるのではないでしょうか。願わくは、早期に処理技術と代替エネルギーの革新が訪れることを祈ります。