2012年2月 vol.124

2012年02月10日

 節分も過ぎ、春恋しいこの頃です。この冬、記録的な大寒波が日本列島を襲い、各地で大雪による痛ましい事故が相次いで報告されております。インフルエンザが猛威を振るっておりまが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 そんな中、友人の勧めでお隣山形を訪ねることになりました。現地の方によると、こちらは実に31年ぶりの大雪なのだとか。雪道をかき分けながら、こんなところに工場があるのだろうかと、半信半疑で辿り着いた先に目的の工場がありました。そこは70年以上の歴史を誇る国内でも数少ない緞通の工場です。皇居や迎賓館、名だたる旅館やホテルにはこのメイドイン山形の商品が数多く収められています。雪のため、建物の全景を確認することはできませんでしたが、おそらくは戦前戦後に建てられた建築物でしょう。歴史を感じます。早速、工場内の作業風景や展示室を案内してもらいました。こちらの絨毯は全て手作業で作られています。完成まで数週間から大きいものでは1年がかりです。ここで生産される絨毯の大半はオーダーメイドで、ひとつひとつデザインをおこし色合わせしてゆきます。オーダーは花柄や幾何学模様、歴史的な絵画を模したものなど様々です。
 

 なぜ、このような技術が山形に生まれたのでしょうか。興味深くて聞いてみました。今から遡ること70年以上前、もともと木綿の産地であったこの地方は大凶作による不況に見舞われ、特に女性の働く場所がなく雇用環境は深刻な状況でした。そこで雇用を創出できないかと、地元の実業家が中国の絨毯の技術を知り、一大決心の末、中国から7人の技術者を招き手ほどきを受けながら事業化したのが始まりだそうです。当初は言葉の障壁等、技術の習得には大変な苦労があったそうです。途中第二次世界大戦を挟むなど、材料の調達に困窮した時代もあったそうですが、確実に使命を果たし、今ではその名を全国に認知されるまでに至りました。手にした絨毯の繊細な質感は工業製品では表現出来ないもので、海外の高級絨毯にも引けを取らない逸品です。
 

 最近では、ほとんどのモノづくりの現場において効率化が進み、大量生産が可能となりました。ところが、こうして生み出された製品をライバルが追随し、かつ海外の企業が安価で供給できるようになり、行き着くところは価格競争です。特に新興国市場では、高価で多機能な日本製品よりも、廉価で実用性の高い後発の製品が支持され、日本企業が得意とする土俵で勝負できない歯がゆい現実があります。しかし、我が国のモノづくりの原点を再認識し、伝統や文化で世界に打って出ることはできないものでしょうか?それが、衰退する地方を活性化する起爆剤となるはずです。こうした企業を政府が支援する制度はありますが、お隣韓国のような国を挙げた取り組みが必要だと思います。
 

「手づくりの国プロジェクト」なんていうのはどうでしょうか。前述の山形の企業のコンセプトに「一つの宝、永遠の財産、一つの決定的獲得」と記されています。良いものを継承してゆく、これは同時に心の豊かさの象徴でもあります。価格競争の少ないニッチな部分で、日本企業は戦っていけるポテンシャルを持っています。今取り組むべきは、日本の情緒的な美や感性の素晴らしさを国民が理解し、日常生活に広くその文化を浸透させ、こうした豊かさのイメージを世界に広めることです。世界的にも日本の文化は富裕層を中心に受け入れられています。それを更に下の階級にまで広めることができれば、多くの需要を掘り起こせるはずです。「メイドインジャパン」に誇りを持ちましょう。