2011年6月 vol.116

2011年06月10日

 東北地方はようやく梅雨入りを迎えようとしておりますが、南の沖縄では観測史上最短の梅雨明けが発表されました。早くも今夏は猛暑との声も囁かれています。


 東日本大震災から3ヶ月。仙台市内中心部では、震災前とほぼ変わらないほどのレベルにまで都市機能が回復しつつあります。一方で、一歩、被災地へ足を踏み入れると今だ手付かずの光景が目に飛び込んできます。この格差には驚きを隠せません。
 お隣の福島では放射能による風評被害が深刻なものとなっています。経済への影響はもちろんのことですが、強制避難を強いられている住民の方々のストレスもピークに達していると思うと心が痛みます。こうした中、想定されていた宮城県沖地震と今回の地震は別であり、また大地震が起きるとの噂も流れており、様々な悲観論が錯綜しております。以前、ある経済誌の編集長のお話を聞く機会がありましたが、本の売れ行きを左右するとも言われるタイトル。「金融危機」「ゼネコン崩壊」といった不安をあおるようなタイトルは断然売れるそうです。日本人は悲観論を好む傾向が強いので供給側もそれを意識する。そう思うと報道の見方も変わってきます。

 

 さて、今回の震災をきっかけに、1000年以上も前にこの地方に巨大地震が起きていたことが報道等で明らかにされ、多くの人々の間で認知されるようになりました。これが平安初期869年の貞観地震です。当時、東北地方の中心であった多賀城にも甚大な被害をもたらし、余波は遠く房総半島までその猛威を振るったそうです。その多賀城には枕歌の舞台として登場する「沖の石」や「末の松山」といった名勝地があります。小高い丘の上に位置する「末の松山を波が越えてしまう」という詩は恋心を表したものですが、これは貞観地震より数十年後に読まれたものとされています。作者は貞観大津波を知っていたからこそこのような表現ができたのでしょう。太古の昔は末の松山から海を一望でき、そして、この辺りまで津波が迫ってきたことは間違いないようです。
 

 東北大学の研究によると、仙台平野の表層堆積物には、厚さ数センチの砂層が3層に重なっており、一番上が貞観地震よるもので、その他が過去3000年間の津波の痕跡との見方を示しています。これが1000年に一度この地に大地震と大津波が襲ってきた根拠とされています。
 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という格言がありますが、人間は自らの経験でしか物事を見ることのできない生き物です。これまで我々が関わる様々なものの見方や考え方は、比較的浅い歴史上の観測データ等によって想定された上に成り立っています。これ以上のことが起きるたび想定外ということで片付けられ、一方で改善を繰り返してきました。ところが、戦後わずか70年。その短時間における経験やデータの上にしか現代社会は存在していないことになります。考えてみれば地球誕生から数十億年、人類誕生から数十万年。最近は科学の進化で様々な歴史上の事実を知ることができます。しかし、更なる人類の進歩により、この事実でさえ後に塗り替えられることも沢山あることでしょう。その自然の営みの中で、歴史上我々がまだ知らないサイクルに突入しているとするならば、経験したことのない規模の自然災害がいつ起きても何の不思議もありません。まずは備えましょう。