2010年5月 vol.103

2010年05月10日

 新緑が美しい季節となりました。新年度を迎え早1ヶ月が経過しましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?


ようやく世界全体の景気が回復傾向に向かいつつある中、海の向こうギリシャの経済危機は全世界へどのような影響を及ぼすのでしょうか。最近の報道に見るギリシャの現状からは、数年前にオリンピックで賑わった都市とはとても想像がつきません。そんな異国の現状と日本の将来とを重ね合わせてしまうのは私だけではないはずです。
 

 その日本の未来を託された鳩山政権は、普天間問題で更なる窮地に追い込まれています。前回もお話ししたように哲学や理念の欠如と政権担当能力は直結するものだと考えます。よく戦国時代の天下人秀吉と家康が比較されることがあります。なぜ、家康は徳川260余年の天下泰平の時代を築くことができたのでしょうか。家康にとって天下統一が最終目的ではなく、その先に天下泰平の世を築く壮大なビジョンを持っていたからに違いありません。
 

 身近なことではどうでしょうか。人それぞれに日々目標を持って生きていると思います。同じ目標を持っている人がいるとします。その中でも、目標を叶えられる人とそうでない人がいます。結果として、達成した目標が壮大であればある程、世間は成功者と称えます。ではその違いとは一体何なのでしょうか?単なる幸運だけではありません。目標とは、それに向かって猛烈に願い、真剣に徹底して取り組むことだと思います。こうしたいと思えば、人間の思考回路はそのような方向に舵を取り、それを達成させるための情報を常に集め行動をします。多くの成功は、その努力を成功するまで継続した結果に過ぎないのではないでしょうか。そして、幸運とは自らの行動によって導くものだと思います。
 

 ある高校野球の監督が次のようなことをおっしゃっています。「高校入学当初はドングリの背比べ。ところが、そこから抜け出す選手が必ず現れる。それはある一定のレベルに達すると急に頭角を現すが、みんなそのレベルに達するまでに諦めてしまう」と。そう言えば、天才エジソンも「人間の最大の欠点は直ぐに諦めること」と名言を残しています。それどころか、自らの目標を持たない人や、自らそのハードルを低くしている人が増えていないだろうか。ノミは自分の背の高さの何十倍も跳ぶことが可能な生物です。しかし、そのノミをビーカーの中に閉じ込めておくと、そのうちビーカーから抜け出すことができなくなるそうです。
 

 好景気に沸くお隣中国では次から次へとベンチャー企業が生まれています。一方、日本にはベンチャーどころか誰もリスクを取ろうとしない風潮が根付きつつあります。そんな社会背景が日本のチャレンジャーの芽を腐らせていないだろうか。我が国の若者が出世を望まない理由の一つに「責任を取りたくない」が上位に挙げられています。それは、消費者契約法やコンプライアンスが過大に扱われていることと無縁ではないはずです。消費者保護は大事なことですが、一部の悪徳業者の存在が過保護な法律を作らせていないだろうか。大企業になればなるほど、コンプライアンスに縛られ、自らの正当性も正しく主張できない世の中になってしまっている。顧客第一なるものが誇大解釈され、都合の良い権利だけが主張されモンスターが生まれていないだろうか。こんな世の中で、誰が率先して責任を取ろうとするだろうか。出世意欲の減退もここにある。だから、無難なところにみんな落ち着こうとする。
 

 社会的弱者の保護は大切なことですが、一方で若者や社会で活躍している人々の成長の機会まで失っていないだろうか。今手を打つべきは、次世代の成長戦略だと思います。もっと成長の可能性のある企業や人材を応援し、チャレンジできる機会や環境が整備されることに期待したいと思います。