2026年8月 vol.297

2026年08月10日

 令和8年熊本地震により尊い命が奪われたこと、心よりお悔やみ申し上げます。報道を通じ被害の甚大さを知るたびに、猛暑の中の窮状に心が痛みます。現地の皆様の健康と一日も早い復旧をお祈り致します。

 

 以前もこのコラムで熊本とのご縁を話題にしたことがありましたが、過去に大型商業施設の視察、研修、旅行、そして不動産取引と、幾度となくこの地を訪ねました。10年前の地震の少し前と記憶しておりますが、仕事で熊本を訪問した際のこと。「熊本は九州でも台風が少なく、暑さだけ我慢できれば安全で住みよい場所」と、地元のお客様の言葉が印象的でした。この地は、かの夏目漱石先生が森の都と称されたほど市街地の緑と、街を見守るようにそびえる熊本城が美しい街、自然災害とは無縁の地と記憶していました。その言葉からほどなくして10年前の熊本地震が発生したのです。最近では、半導体世界最大手のTSMCの進出でも周辺地域が注目を浴び、先だっての視察の際は復興を確認し、街も活気を取り戻しつつあった矢先の出来事だっただけに、地元の皆様の心痛も大きかったと思います。

 

 日本は地震国ですので、いつどこで震災が起きるか分かりません。宮城でも東日本大震災をはじめ、大きな地震を繰り返し経験してきました。この最中、先の国会では副首都法案が可決されました。当初から大阪ありきの骨抜き法案と揶揄されてきましたが、大規模災害を目の当たりにする度、東京一極集中によるリスク分散は当然の選択と言えそうです。第二東名やリニア新幹線などは、正に首都と我が国の中央部を結ぶ大動脈であり災害時のリスク回避の意味合いが強いとされています。関連して記憶に新しい出来事としては、バブル経済全盛期のこと。当時は山手線内側の地価でアメリカ全土が買えるとまで例えられ、日本国民が熱狂と自信に満ち溢れていた時代でした。過度な東京一極集中から遷都が活発に議論され、関西と東北は互いに有力な候補地としてライバル関係にありました。そこで関西経済界の重鎮から、あの「熊襲、低民度」発言が飛び出し物議を醸したのです。事態は深刻化し、東北では同氏が代表を務める酒造メーカーの不買運動にまで発展したのでした。

 

 歴史はさておき、今や地球温暖化により、関東より西の夏の暑さは尋常ではありません。奇しくもその影響あってか、東北の太平洋側は雪も少なくなり、冬場は少し過ごしやすくなった気がします。距離にして400キロ弱、新幹線で1時間30分、車でも4時間ほどの距離に位置する宮城仙台は、ほぼストレスフリーで首都圏との往来が可能な日帰り圏と言えます。何といっても広大な大地の利用価値は無限大です。地震のリスクについては、多くの専門家が研究を重ねてきましたが、残念ながら当たった話はあまり聞いたことがありません。阪神淡路や能登も地震発生確率は極めて低かったため、ほぼノーマークだったはずです。もちろん、東北にも多くの活断層がありますので、いつ地震が発生するかは誰にも予知できません。が、しかし、東北ではほとんどの大地震が海溝を震源とするため、東日本大震災時も沿岸から距離のあった仙台市中心部は、県庁や市役所をはじめ行政機関や国の出先機関での建物の損傷は軽微で、それぞれの機関が機能を果たしています。防災に関しては、これまで多くの地震に見舞われてきた経験値と予防意識、耐震インフラなどの整備により他地域に勝るものがあります。大震災当時、空港が津波の襲来を受けた他、仙台駅や地下鉄など交通機関が若干の脆弱さを露呈したものの、比較的早期での復旧を果たしています。副首都の指定要件として、一定の人口と経済規模が挙げられていますが、都市機能と人口は109万人を抱える仙台市が十分に条件をクリアしています。災害面に関しては、首都圏との同時被災を回避するだけの適度な距離があり、バックアップ機能を十分に発揮できると評価します。相応の国の行政機関があることも条件の一つに数えられていますが、東北の中心として国の出先機関も多く、国際卓越研究大学である東北大学を中心とした学都としての一面も備え、人材の宝庫としてのポテンシャルも評価できるのではないでしょうか。多くの研究機関や大企業との連携により、地域の声が旋風となることを期待します。仙台を核とした経済圏は大いなる可能性を秘めているものと確信してやみません。