このコラムは毎月10日マックスホームで発行しているコラムの
一部を抜粋したものです。
気宇壮大
2017/02  vol.184
 立春を迎えましたが、2月の仙台の風は冷たく一段と寒さが厳しく感じます。春までもう少しです。皆様風邪などひかぬよう体調管理には十分お気を付け下さい。
 さて、海の向こうではトランプ大統領が誕生し連日報道が過熱しております。東京都の豊洲移転をめぐる一連の騒動といい、双方ともワイドショーの恰好のネタですね。アメリカのことは良くわかりませんが、トランプ大統領は公約を実行し自身の行動力を誇示しようと孤軍奮闘しているように見えます。マスコミは人々の関心を引くために象徴的な部分だけを切り取り、アメリカの分断などと声高に掻き立てますが、国民が声を上げる姿は民主主義がまともに機能している表れのようにも伺えます。
 トランプ大統領はアメリカ国家のリーダーですが、多くの指導者はいかにして組織を作り、機能的に個々の力を発揮させるかに心を砕いていると思います。小さい会社ながら私もその一人であります。先だって当社の取引先である税理士事務所の新年会が開催され、講師として十勝バスの野村文吾社長が招かれました。野村社長を招くに至った経緯は、同事務所の朝礼で十勝バスの奇跡が紹介され、感銘を受けた先生が熱烈なラブコールを送り実現したものです。十勝バスと言えば、数年前から経済誌やテレビなどで取り上げられるほど奇跡の復活劇が話題となり、今や全国各地から取材や視察を受けるほどの知る人ぞ知る北海道の有名企業です。
 野村社長は、今から遡ること20年ほど前に大手私鉄会社を退職し家業の十勝バスに入社しました。順風満帆の中、会社を引き継ぐ後継者も少なくありませんが、野村社長が会社を継ぐきっかけになったのは、先代の社長である父から十勝バスが倒産寸前との危機を告げられてのことです。そもそも野村社長の中には会社を継ぐという意識はなかったそうでしたが、ここまで自分が成長できたのも地域の方々がバスを利用して下さったおかげと振り返り一念発起したのです。今や全国のバス路線は9割が赤字と言われる状況下において、40年ぶりに増収を果たすまでの奇跡の物語の始まりです。
 野村社長の入社当時、これまでのリストラと経費削減で社員の士気は低下していて会社に寄せられる電話は苦情ばかりだったそうです。赤字続きの十勝バスは、以前から会社更正法の準備が進められているほど疲弊した状態で、国からの補助金で辛うじて経営を維持していました。野村社長の入社に反対だった先代の父親からは、「すべて自分の責任」を条件に入社の許可を得たため、以来教えを問うことも出来ない中繰り返す社員との衝突やストライキ、野村社長の前に問題は山積していきます。倒産寸前だというのに社員は例え客から苦情がこようとも改善する意欲も無く、野村社長が新しいことを提案しても受け入れられない状況が続きました。一人焦っても結果が出ない当時の野村社長は、いつも愚痴ばかりを漏らしていたそうです。ある日のこと、それを見かねた経営者仲間の先輩から一喝され野村社長は改心するのです。その心を動かされた言葉とは「お前は一緒に働いている仲間を敵だと思っている」「もっと社員を愛せ」というものでした。この言葉を胸に野村社長は努力し社員との信頼関係を深めていきます。そして転機が訪れます。これまでの現状維持から一転、社員を説得し営業展開を試みます。まずは、ターゲットのバス停を決め、その周辺の住人を従業員が手分けして一件、一件訪問したのです。そこで色々な情報を収集し「バスに乗らないのは不便だからではなく、不安だから」というキーワードにたどり着きます。意外にも住人の多くは、運行ルートを知らなかったり、運賃やバスの乗り方自体を知らなかったのです。そこで生み出されたのが、バスの基本情報や運行ルートの最寄り施設をイラストを交え解説した目的別時刻表でした。小さな取り組みにより着実に成果を上げ次のバス停へと営業範囲を拡大して行くと、その成果を目の当たりにした社員の士気は上がり、更に色々なアイディアが持ち寄られるという好循環が生まれたのです。後に十勝バスは、40年ぶりの増収と同時に各方面より様々な表彰を受けるまでの復活を遂げ、今も苦しいバス業界の中において成長を続けています。2時間の貴重な話をこのスペースでお伝えすることは困難ですが、人を動かす根っこの部分と小さな取り組みの積み重ね。何かの参考にして頂ければ幸いでございます。最後に機会を作って下さった関係者の皆様に感謝致します。
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